短編文画3 みんなのために



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 みんなで話し合って、みんなで決めて、みんなで実行していく。それがわたしたちのやりかたです。ひとりの人の意志やきまぐれでものごとが決定していくなんてことはありません。みんな平等でみんなひとりひとりの意志や意見が尊重されます。ひとりひとりの意志が組織を動かしていくのです。
 小学校のときに歌わされた歌で、こんなのがあったでしょう。

 みんなはひとりのために
 ひとりはみんなのために
 

 

 あれとは違います。勘違いする人がよくいるのですが、あれは専制主義のための歌です。
 みんなはひとりのためにって、ひとりって誰のことでしょうか。会社で言うと社長だか会長だか専務のためにって意味でしょう。入りたての若いバイトや中途採用のおじさんのために会社のみんなは動いてはくれませんよね。
 ひとりはみんなのためにって言うと、会社のみんなのためにってことですよね。ひとりの人は会社みんなのためだったら犠牲になってかまわないってことを公然と言っちゃってるんですよね。〝良い〟社長だか専務は年がら年中こんなふうに考えてるんでしょうけど、その〝ひとり〟にとっちゃこれは堪らないことですよ。
 こんな歌を義務教育で歌わせて、潜在意識の中に刷り込もうっていうんだから、日本っていう国の教育もどうかと思います。
 それではというわけではないんですが、わたしたちのやりかたを歌にするとこうなります。

 みんなはみんなのために
 ひとりはひとりのために

 ひとりが最優先です。そんなこと考えてみるまでもないと思うのですが、これがなかなか日本や東アジアの国々では浸透しない。コロナのマスク反対デモや規制反対デモでもそうでしょ。アメリカやヨーロッパなんかでは結構行われてたらしいんですが、日本や韓国、中国であんなことしようものなら鼻つまみ者で下手すりゃ逮捕監禁ですよ。ひとりひとりの意志は尊重されないんです。一億人もいればマスク着けたくない人やコロナで制約受けたくない人なんて何千人かはいると思います。でも、少数派だから意志を表明することすらダメなんです。そんな奴らはひっ捕らえてボコボコにしてしまえというやつです。〝みんな〟のために黙ってろということです。ひとりはみんなのために精神です。

 

 みんなはみんなのために。これはひとりひとりの意志や意見の総体がみんななわけですから、ひとりひとりはひとりひとりのためにってことです。社長や会長や専務のために動く必要はないですし、会社のためになんてことも考えなくてよし。ひとりひとりが重要なんだから、ひとりひとりの意志の総体としてのみんなでなければ意味がないんです。
 ひとりはひとりのためにっていうのは、みんなのことを考え出しちゃうとひとりひとりの意志が踏み潰されちゃうわけだから、ひとりは自分ひとりのことを考えてそれを寄せ集めてみんなでできることを考えて行動していこうよってことです。
 分かりにくいですよね。
 じゃあ、具体的な実例を紹介します。
 月に一度「みんな会議」っていうのをやっていて、そこでいろいろなことを決めるんですが、そこではひとりひとりが意見を表明して、それでその意見を反映してものごとを決めていきます。
 たとえば職員が足りないから募集して集めなければならないという状況がありました。
 わたしは独自に調査をして、求人媒体としてネットは若い世代が見て、中年以上の世代は紙媒体を見るというデータを得ました。人が欲しいのは平日の午後の時間帯でしたので、学生さんや若い世代ではちと厳しいから主婦層がいいので紙媒体を使った方がいいと提案しました。ですが小さな広告でも二万円くらいかかってしまって、それがネックだと伝えました。すると、各職員からは高いからダメだ、という意見が多く出ました。その結果それはやめになりました。ですが、窓や壁の張り紙だけではやはり人は集まりません。すると、次回の会議に本部の人がやってきて、十万円かかるネット広告を出すと言ってそう決まりました。──これが現実です。はたしてひとりひとりの意見を反映しているでしょうか。みんなの意見はバラバラなのですが、強いや偉い人が主張するとみんなそれに従います。わたしなんかはあまり従わないのですが、そうすると集中砲火を浴びます。異論を口にする者は徹底的に叩かれます。結局は強い人か偉い人の意向と鶴の一声でものごとは決まっていきます。

 

 

 みんな平等でみんなで決めていくという理想は、現実には通用しません。あくまで概念としてあるだけで、そんなことはできっこないのが現実です。
 揉めなければできないのですが、みんな揉めたくない。しかも、力関係というものがあります。その力を持つ人のまわりには取り巻きのような人たちが自然発生して、その人たちは異論を決して認めてはくれません。どうやら人間という生き物はそういうふうにできているようです。
 そんな大きな矛盾やゴタゴタを抱えながら、それでもわたしたちは理想を掲げてやっていっています。
 ぜひ皆さんもわたしたちの仲間になりませんか?

         *

「なんなのこれ? どういうつもり?」
 濱口佐代子は、マスクを外して缶ビールをひとくち飲み、僕にそうたずねた。
「紹介パンフレットの原稿」
「いや、そういうことじゃなくて、これさ、後半悪口じゃん」
 僕は昼間だからノンアルコールビールにしていて、ピザを食べながら飲んだ。
「悪口じゃない。ほんとのことを書いただけだよ。やっぱりこういうのって、胡散臭いと思われがちだから、そう思われないためにわざと悪いことも書いた。コインの表裏みたいに、ものごとには必ず正負両面があるものだから」
「そんなの理想だよ」
「は?」と、僕は訊き返す。
「悪いことを書いたら、ああそんな悪いことがあるんだったら、やっぱり関わらない方がいいって思うのが普通だよ」
「そうかな。個人的にはいいことしか書いてないものは基本的に信じないけどね。そんなわけはないだろって思っちゃって信じられない」
「まあ分からんでもないけど、これ載っけたらガチで炎上するよ」
 ピザの脂でぎとぎとの唇を開け、佐代子はさらにそこに切れ端を放り込む。

 

「炎上すりゃいいじゃん。大人しくやってるより、よっぽど宣伝になる」
 ユーチューブでも、低評価のボタンは押してくれた方が再生回数は伸びると聞いたことがある。
「いやいや、下手すりゃ新興宗教と思われるよ。なんたら会とかなんとかの科学とか」
「そういうとこは悪いこと書かないでしょ。自分から矛盾点や弱点をあらかじめ出しておけば、いざ入ってがっかりっていうのがないでしょ」
 佐代子はビールをごくごくと小気味よく喉を鳴らして飲み、小さくゲップを洩らした。
「まあそうだけど、こんなん読んで入ってくる人いる?」
 たしかにそう言われると答えに窮する。
「変わった人だろうね。よっぽど」
 僕も人のことは言えない。
「まあ、いいや。みんな会議にあげてみれば。どうせ集中砲火浴びるだろうけど」
 そこで話を打ち切ってわれわれはベッドに移動し、着ているものをすべて脱いだ。佐代子の口の中に舌を入れると、ピザのチーズの味がした。
「くせー」
「あんたもビールくせえわ」
 そんなことを言いながら僕は佐代子の股間に顔を埋め、クリトリスと小陰唇をべろべろと舐めまわした。
 あんあんと声を上げたくせに「はやくいれろよ!」と怒鳴られた。
「わかっとるわー」と言いつつ、僕は斜め四十五度くらいに屹立したものをエイヤッと佐代子の佐代子に突き刺す。
「あっ、いってぇ!」
 ちょっと引っ掛かりつつズブッと入ると、佐代子はそう叫んで身をよじった。
「ごめーん。でも、これでもくらえぇ!」と、僕はアタタタタタタとものを出し入れし、佐代子をあんあんえんえん言わせた。
「あっ、やばい。出る!」
 僕がそう叫ぶと、佐代子は僕の胸のあたりを両掌でバシーン! と思い切り突っ撥ねた。
「おあっ!」とバランスを崩して僕は背中から倒れ、佐代子はそこに馬乗りになって、佐代子の佐代子に僕のものを突っ込み、股間を上下前後ろにばんばんぐりんぐりんさせてアーアーワーワーとわめいた。
「いくいくいくいくいくいっくぅー!」
 僕もいきそうになっていて、ゴムをつけていないから我慢しようとしたけど我慢できそうになかった。
「出る出るでるでるでるー!」
 佐代子は全身をびくんびくんと痙攣させ、僕は両手で佐代子の尻を抱えるように持っていたのだがそこに鳥肌が立ったのが分かったと同時に、ものから僕の汁がどくんどくんと出ていた。
「ああぁぁぁっああぁーーー」
 腰の奥のたぎる鈍い疼きによる快感と、中出ししてしまったというタブー破りの快楽と恐ろしさでものから汁が出る勢いがすごかった。
 佐代子は股間をティッシュで拭って立ち上がると、ベッドの上で何度もジャンプした。

         2

 

 あーえー、ちょっとみなさんにご相談があるんですが。
 あのー、事前にお配りしたその資料。仮にこんな感じってパンフレットのデザイン組んでみたんですけど、内容含めてなにかご意見ございますでしょうか。
 あー、ちょっといい? これさ、本気で出そうって思ってる? それともなに? 冗談?
 いや、冗談じゃないですよ。本気で出そうと思ってますが。
 あのさー、ちょっといいかな。これさ、受け取って読んだ人どう思うと思う?
 え? なにか不満でもあるんですか?
 いやいや、こんなの営業妨害よ。なに? ここ潰したいの?
 いえ、そんなこと思ってませんけど。っていうか悪いことも書かなけりゃ、いいことも伝わらないと思うんですよ。違いますかね?
 悪いことって、こんな風に書かれたら、誰だって悪く取るに決まってんじゃないの!
 いえ、これが事実だと思いますが。分かりませんかね?
 こんなふうになってないでしょ。事実ってあなたの歪んだ目から見た事実でしょ。そんなの分かるも分からないもないじゃない。
 わたしの目は歪んでませんが。歪んでいるのは先生方の目じゃありませんか。
 あのさー、あなたには分からないかもしれないけど、ずっと私たちは見てきてるの。こないだ入ってきたばっかりのあなたには見えないものも見えてるの。
 こないだって、もうすぐ二年経ちますが。
 二年なんてわたしたちに比べりゃないも同然よ。とにかくもっと考えて。っていうか、もういいわ。パソコンできるからってあんたに任せたのが間違いだった。
 それは先生が決めることじゃないと思います。
 じゃあ、誰が決めんのよ。あなたが決めるの?
 わたしじゃないですね。みんなで話し合って決めるんだと思います。
 だから、だったらここで話し合ってんじゃないの! みんなも同じ意見よね?
 〈皆、無言で頷く〉
 じゃあ、それで。
 それでいいんですか?
 なにが?

 

 これはたとえばの話なんですよ。だから、こういう決め方がもうみんなで話し合ってっていう感じじゃないでしょ。これはプーチンとやってること同じですよね。あのニュースで見たでしょ。ウクライナ侵攻を決めた時のスーパーパワハラ会議。もう少し外交交渉した方がいいんじゃ…って言った幹部にプーチンがお前は賛成か反対かどっちなんだって凄んだやつ。まさに今の状況がそうじゃないですか。プーチンと取り巻きの幹部。ウクライナに攻め込むのに反対の奴はいないよなって。
 意味分かんない。なんでここでプーチンとかウクライナが出てくるの? ちょっと大丈夫?
 プーチンに言われたくないですね。
 はあ? なにそれ? ケンカ売ってんの?
 怖いですね。ヤクザ屋さんみたい。
 もう、いいわ。えみちゃん、次の議題行って。
 えー、じゃあ、年度末の予定なんですがー。
 えっ、まだ話途中なんですけど。
 もういいって、分かったから。
 お別れ会は三月二十五日の……

          *

 翌週の月曜、本部から電話があり、川口の事業所に四月から異動と告げられた。
 ですよねー、といった感じでなんとなく予想はしていたことだった。あそこまで言ってプーチン呼ばわりまでしたのだ。はらわたは煮えくり返っていたに違いない。
 僕はすぐにプーチンの携帯に電話をした。
「事業本部の春田さんっていう方から電話があって、四月から川口の清掃現場に異動って言われました」
「あ、そう。あそこ人足りてないからねー」
「ご迷惑おかけしました」
「え? なにが?」
「みんな会議であんなこと言ってしまって」
「あー、反省してるんだ」
「反省っていうか、なんか〝正解〟を求めちゃったんですよね」
「え、なにそれ?」
「正解を求めてしまったのが間違いだったなと反省しておりまして、なんかロシアのウクライナ侵攻始まってからずっと精神的になんかおかしくて、それが何なのかってずっと考え続けてきたんですけど、先週の金曜日あたりにようやく答えが分かったんですよ」
 プーチンが軽い咳払いをして、喉の奥を鳴らす。

 

「アメリカとかヨーロッパとかウクライナは自分の方が正しくてロシアは間違ってるんだって言ってますよね。でも、ロシアは自分たちの方が正しくて西側が間違っているんだって言ってる。自分が正解で相手は間違いだってお互い言い合っているわけです。日本も西側だからウクライナや欧米がいかに正しくて、ロシアがどれだけ残虐非道で悪者かっていうのを毎日土砂降りの雨みたいに朝から晩までニュースとかで見させられているわけです。たぶんロシアの人たちもロシアがいかに正しくて、欧米がいかに卑怯な悪者かっていうのを永遠見させられてるんでしょうね」
「え、ちょっと待って。これなんの──」
「白黒つける病にいま世界中の人がかかってると思うんですよ。個人的には。自分が百パーセント正しくて、相手が百パーセント悪いっていう。でも、たぶん真実とか事実は五五か六四、良くて七三とか三七くらいだと思うんですよね。それもどっちから見るかで変わってくるし、そもそもそんな線引き自体できないことなんですよ」
「で?」
「だから、あの先週のみんな会議の時、私は自分が百パーセント正しくて先生方が百パーセント間違ってるって感じで喋ってしまったなと……」
「ああ、そうだったね」
「でも、わたしにも悪いところはあって、でも先生方の言い方とかやり方にも悪い部分があって、つまりどっちも間違っていたと思うんですよ」
「わたしが悪いっていうわけ?」
「そうじゃなくて、どっちが悪いとか正しいとかそういう会議になっちゃってるっていうその会議そのもののあり方みたいなものが、そもそものみんな会議のあり方から外れちゃてるんじゃないんですかね」
 すると、思うところがあったようで黙り込んだ。
「みんなで意見を出しあってそのみんなの意見を反映して、みんなで運営していくっていうのがこの法人の大前提ですよね。そのためにみんな会議がある。でもそれはパッとやれって言われても出来ることじゃなくて、現実に実地でやるのは本当にものすごく難しいことなんだっていうのがこの二年間で学んだことでした。だけど、あきらめずに理想を掲げてきれいごとでも建前でもなんでもいいから、その理想に喰らいつき続けるっていうのが大事なことだって私は思うんです」
「喰らいつき続ける?」

 

「端から無理だってあきらめるんじゃなくて、無理でもなんでもそれに少しでも近づけるよう知恵を出し合って工夫して努力していくってことです」
「へぇ」と鼻を鳴らした。
「たとえば、前にも言ったかもしれませんが、人の意見を否定しないってことです。否定すると意見が言えなくなるからです。意見が出てこなくなる。そうなると会議の意味もなくなっちゃう。その前段階として、否定的な意見を言わないっていうのもあります。人を否定するようなことを言わない。人を否定すると、その相手も否定し返すというのが人間の感情ってものですから」
「まあ、そうだよね」
「はい」
「で、話はそれだけ?」
 僕は絶句し、なんとか「……ええ」とだけ答えた。
「じゃあ、四月から川口でがんばって。あと二週間くらいは残ってる有休使っちゃっていいから」
 そして、電話は一方的に切られた。
            
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 濱口佐代子は僕との連絡を断ち、飲みに誘っても返事がかえってくることはなかった。あのグループ内での孤立は職場を失うことを意味するから、まあ当然と言えば当然のことだった。
 本部に直訴しようかとも思ったが、それで本部が何かできるわけでもないことは分かり切っていた。現場を回して運営しているのはあの先生方で、ほとんど自営みたいなものだったから、横やりを入れて現場を混乱させることにしかならないだろう。異動を取り消されたとしても、あそこで働き続けるのはもはや無理があった。
 清掃現場か、と僕は考え、暗澹たる気持ちになった。清掃業務には残念ながら興味がない。僕がやりたいのは福祉の仕事で、そのためにこの法人に入ったのだ。それは面接のときにもはっきり伝えていたし、だからこの現場に配置されたのだ。
 みんなで出資して、みんなで話し合って、みんなで運営していく。
 出資額に関係なくひとり一票で、話し合ってみんなで協力して働く。
 理想は素晴らしい。だが、それを実現するのは難しい。本部はその働き方のよい部分だけを喧伝し、まるでプロパガンダのようになっている。──とてもとても難しいのだ。口で言うほど簡単ではないし、ほとんど不可能と言ってもいいかもしれない。他の現場で働いたことがないから、よその事業所がどれほど実現できているのかは知らないが、この事業所に関してはただ一応看板として掲げてはいるが、ほぼ建前といった感じで、理想は実質踏み倒されている。
 辞めようかとも思った。こんな看板倒れの法人は見限った方がいい、と。
 でも、僕は諦め切れなかった。理想をなんとしてでも実現したかった。

         ☟


 さてこの後、理想の実現のために主人公がしたこととはいったい何だったのでしょうか? 


 回答編へ続く
2022年10月02日