短編小説9 それは本能です
眠っても、眠っても、眠り足りない日々が続いた。
よく分からないが、とにかく眠いのだ。脳の酸素が足りないのか、起きている時も意識がはっきりせず、気づくと舟をこいでいる。
一度など、セックスをしている途中で眠ってしまった。正常位で、腰を前後に動かしているうちに堪らないほどの眠気に襲われ、そのまま相手の身体に覆い被さり、寝てしまった。性器を挿入したまま、僕は心地よい眠りの中に引きずり込まれていった。
目が覚めると彼女の姿はなく、僕は裸でベッドに横たわっていた。
テーブルの上に紙があり、そこには大きな字で「バカ」と殴り書きされていた。
慌てて彼女の携帯に電話をかけたが、つながらなかった。呼び出し音は鳴るのだが彼女はずっと出ず、留守電にも切り替わらない。
セックスをしていて極度の気持ちよさを感じているうちに、それが恐ろしいほど強い眠気に入れ替わっていった。コーヒーに入れたミルクのように、エクスタシーと眠気が入り混じっていった感じだ。
僕は彼女にそう弁解をしたかったのだが、もし話が出来ていたとしても伝わっていたかどうかは非常に微妙なところだ。
腹が減っていた。しかも、かなりひどい空腹感だった。
とりあえず流しの下に入っていたカップラーメンを出してきて、ポットのお湯を注いで三分待ってから食べた。一気に貪るように掻き込み、スープまで飲み干したが全然腹は満たされなかった。
近所のコンビニでお惣菜の弁当とポテチと缶ビールを買ってきた。そして帰ってくるなり弁当を食べ始め、五分もかからずに平らげたがまだ腹は減っていた。
ポテチをつまみながらビールを飲んだ。すると、眠くなってきた。
一缶飲み終え、トイレで長い小便をすると、僕はあまりの眠気にベッドに横になっていた。そこでひとまず記憶は途切れている。
次に覚えているのが、起きてまた彼女に電話をしたところからだ。今度は彼女は出てくれて、僕は病気なんだ、と言った。
「ナルコプレシーってやつだと思う。もう眠くて眠くて起きていられないんだ」
「じゃあ、病院行ったら?」
「行くよ、もちろん。だからとりあえずここ来てくれないかな。ちゃんと面と向かって謝りたいし、相談したいんだ」
すると彼女は承諾し、すぐに行くと言ってくれた。
しかし、一時間後に彼女が来た時には、僕はまた眠っていた。合い鍵を使って部屋に入り、彼女は僕の身体を揺さぶった。
「ねえ! ちょっと起きて!」
僕は目を覚ましたが、彼女の姿を見るなり性欲がムクムクと湧き上がってきてそのまま抱きついてベッドに押し倒した。
裸になってセックスをして、今度は射精までしたが、それでもまだ性欲は収まらず、僕はもう一度挿入して、また射精した。だが、それでもまだ性器は硬いままで、もう一度挿入して射精までいったが、それでもまだ収まらなかった。
「いや、もう無理。あそこ痛いしもう止める」
彼女の方がギブアップし、僕は彼女にお願いして手と口で抜いてもらった。
「どんだけ出んのよ。もう、ほんと意味わかんない」
僕も同感だった。こんなことは今までなかったのに。
その後、へとへとに疲れ果てていた僕と彼女は二人で眠り込んだ。そして、翌日の昼過ぎくらいに起きると、腹が減っていることに気づいた。
「お寿司屋さん行かない? 回ってる方だけど」
「回転寿司? え? なんで?」
「なんとなく。食べたい気分だから」
これは嘘だった。本当の理由はいくらでもおかわりが出来るからだった。それくらい腹が減っていた。
交代でシャワーを浴びた後、僕らは近所の歩いて五分くらいのところにある回転寿司店に入った。中途半端な時間のせいかさほど混んではいなくて、僕らは真ん中のレーンの前の方にあるボックス席に座った。
機械でお茶を注いで、それを二口ほど飲むと、僕はさっそく寿司の皿を取り始めた。
まぐろにハマチにイカにタコ、卵焼き、アナゴ、茶わん蒸し、プリン、しゃこ、赤貝、いくらに納豆巻き……。
僕は手当たり次第に取っていき、刺身ネタは上から醤油をかけて食べまくった。
「ちょっとちょっとちょっと……ペース早くない?」
「腹減ってるんだよ。きみも食べなよ」
彼女の名前は橋本きみという。希望の希に果実の実で希実。
「食べてるけど。普通に」
見ると、彼女の前には三つの皿が積み重ねられている。
炙りサーモンの皿を僕の目は捉え、通過してしまう前に右手でさっと奪い取った。
「十二皿。まだ五分も経ってないけど」
指で僕の皿の数を数え、きみはそう指摘した。
「まだまだ足りない。腹二分目も来てない」
正直に僕はそう言った。
「いやいや、大食いの人じゃないんだから。冗談でしょ?」
「あと、二十皿くらいはいけるね。もっとかもしれない」
すると、きみは笑った。おそらく冗談だと取ったのだ。
夕方の五時前くらいまで食べ続け、テーブルには皿が高層ビル群のようにうず高く積み上げられていった。
お会計は六万五千十七円で、カードが使えないと言われたから僕は近くのコンビニのATMで七万円を下ろしてきて支払った。
きみは途中から呆れ顔で、会話もなくなった。
二人で自宅に帰ると、またセックスがしたくなった。僕がそう言うときみはこう答えた。
「ちょっと待って。医者行こ。病気だよ、しゅんちゃん」
僕の名前は坂田しゅんいちという。季節の春に漢数字の一。
「脳の病気。セックスもそうだし、さっきの大食いもそう。ナルコプレシーだっけ? その異常な眠気もそう」
「脳の病気?」
「そう。満腹中枢とか眠気とか性欲とかを司るとこが、なんかの具合でやられちゃってんの。だから、もうこんな歯止めが利かなくなっちゃってんの!」
そんなことはどうでもいいから、僕はもうきみとセックスがしたくてしょうがなくなっていた。
「でも、それってどれも本能だから、そういうもんなんじゃないの?」
すると、きみは勢い込んでかぶりを振った。
「違う、違う。人間なんだから、他の動物と違って普通は歯止めがきいてるの! でも今のしゅんちゃんはその歯止めがどっか行っちゃってるんだって」
「分かった。分かった。分かったから、それでいいし、明日医者行くから」
そう言いつつ、僕はきみに抱きつき、そのままベッドに押し倒していた。
また三回セックスをし、四回目をしようとしたらきみは怒って服を着て出ていった。部屋を出る時、「バカ!」とドアを勢いよく閉めながら叫んでいた。
でも僕はその頃には眠気のピークに達していて、もう目を開けてはいられなかった。性欲が睡眠欲にくるっとそのまま切り替わった感じだ。原理はよく分からないが。
目を覚ましてテーブルの上にあった携帯の時計を見ると、翌日の昼過ぎだった。また随分長く眠り込んでしまったらしい。着信が朝から二時間置きくらいに入っていて、それはすべて会社からのものだった。
「あ、すみません。ちょっと起き上がれなくて、救急車呼ぼうと思ったんですけど、もう手も上がらないような状態で」
「え? 大丈夫?」
「ええ、さっき起きた時だいぶましになっていて、これから医者へ行ってきます。なんか私自身もよく分からないんですけど」
課長はそれで納得してくれたようで、お大事にと言い残して電話は切れた。続けざまに僕はきみにもかけてみたが、当然つながらなかった。電話に出ない。怒っているのだ。
僕は財布と携帯だけを持って、普段風邪を引いた時に行っている近所の内科に足を運んだ。
十五分程待たされた後に名前が呼ばれて、僕は医者に症状を説明した。
「とにかくもう我慢できないんです。眠気も食欲も性欲も」
「はぁ」と言って、その初老の黒縁眼鏡をかけた女医は首をひねった。
「なにか薬ありませんかね?」
「いや、分からない。そんなの聞いたことない。はっきり言って精神科とか心療内科とか、そういうとこに行った方がいいと思う。別にどこが悪いとかの病気じゃないし」
ああ、そうか。そう言われてみればそうだ。
僕は医者に礼を言って診察室を後にし、千円ちょっとくらいの診察料を払ってその内科を出た。
携帯で検索をかけて、駅の近くに精神科のクリニックがあることが分かり、僕はそこに行ってみることにした。
ATMでまとまった額のお金を下ろし、精神科へ向かっている最中に強烈な便意を催し、僕は駅前の西友のトイレに入って大量の便を放出した。ああ、昨日食べた分が消化されたのだなと思ったが、トイレを出ると、僕はほとんど飢餓感に近い空腹を覚えた。
西友を出て駅のロータリーのところにある牛丼屋に入り、とりあえず牛丼の大盛りを頼んだ。牛丼はすぐに出てきたが、すぐに食べてしまった。僕はまた券売機のところで生姜焼き定食ご飯大盛りを買い、カウンターの中にいた店員さんに渡した。
「お持ち帰りですか?」
「いえ、ここで食べていきます」
その若い女性店員は一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに生姜焼き定食を作り始め、程なくして出してくれた。僕はまたそれを五分もかからずに食べ切る。
まだまだ腹は減っていたが、これ以上頼むのも気が引けたから僕はごちそうさまでしたと大きな声で言ってその牛丼屋を出た。そして、その隣の中華屋に入った。
「ラーメン大盛りとチャーハン、それに天津飯お願いします」
席に着くと注文を取りに来たおかみさんに僕はそう伝えた。
「そんなに食べれるの?」
「ええ、大丈夫です。腹ぺこなんで」
まずラーメンが来て、次にチャーハン、最後に天津飯が出てきた。味は美味くも不味くもなかったが、肝心のボリュームはなかなかのものだった。
全部食べ切ると、お会計をして店を出た。
僕は駅前にある繁華街の中の裏路地に入り、ピンサロと看板の出ていた店に入った。
「ご指名はありますか?」
「いや、大丈夫。誰でもいい」
背の高い受付のところにいた中年男にそう告げると、僕は奥の部屋に案内された。
部屋の中でベッドに腰かけて携帯をいじっていたのは、だいたい三十くらいの女で、小太りでのっぺりとしたあまり美しくはない顔立ちをしていた。
僕も女の隣に腰かけて二人切りになると、女は着ていたキャミソールを脱いだ。僕も服と下着を脱ぐと、女は下着も脱いでそのままベッドに横になった。
女の上に覆い被さり、僕は性欲の赴くまま女の身体を貪った。そして、カチカチに硬くなった性器を女の股の間に挟んでもらった。
「オプションでプラス二万円で生の本番いけますけど、どうします?」
僕はもちろんすると答え、女の股を広げ、ヴァギナの中に性器を挿入した。そして、そのまま腰を激しく動かして射精すると、一度抜いてからまた挿入して、激しく突き上げてまた射精をした。
「もう一回だけいいかな」
女の性器からは精液が溢れ出てきていたが、僕はそう言って女に頭を下げた。
「いいよ、いいよ。いくらでも出して」
僕はまた硬くなった性器を挿入して射精し、その後も二回また挿入して射精した。
「ああ、もうだめ。痛くなってきたから」
女はきみと同じことを言って、それ以上の挿入を拒否した。僕は仕方なく諦めて、下着と服を身につけた。
部屋を出てお会計をしようとすると、十五万だと言われた。
「え、でもオプションはプラス二万円って……」
「お客さん、一回につきプラス二万ですよ。女の子に訊いたら本番を五回したらしいじゃないですか。だから、一万プラス二万で三万円。それが五回だから三かける五で十五万。はっきりしてますよ。良心的でしょう?」
手持ちは五万しかなかった。
「ごめんなさい。ないので、五万でいいですか?」
「はぁ? ふざけたこと言ってんじゃねえよ。払うまで帰さないよ」
凄みのある声だった。払わないと、本当に生きては出られそうにない。
「ちょっと、電話していいですか?」
僕は仕方なくきみにかけた。今度は出てくれて、僕は彼女に要件を伝えた。
「で、困ってるからお金ちょっと持ってきてほしいんだよね。必ずあとで返すから。十万円。ほんとごめん」
ぼったくりバーに入ってしまったということにしておいた。さすがにピンサロとは言えなかった。
きみがお金を持ってきてくれると、僕は男にそれと自分のお金を足して渡した。
「いやー、ごめんね。お会計の時に、急に十五万って言われちゃって、びっくりして抗議したんだけど、全然聞いてもらえなくて」
狭い階段を降り、建物を出た。
「っていうかさ、ここバーじゃなくてピンサロだよね。ここ、看板に書いてあるし。で、よく分かんないけど、ピンサロって風俗だよね?」
店の看板の前できみは僕を問い詰めてきた。
「風俗って言っても軽いやつだよ。女の子とお酒を飲んで、ちょっと抜いてもらうっていう……」
「抜いてもらう?」
えらく大きな声だった。
「そうそう、……いや、手とか口とかで」
僕の顔を睨みつけ、はあと大きくため息を吐いた。
「それが十五万?」
「そう、ぼったくり。普通は七千円くらい」
完全にあきれ顔できみは歩き始めた。
「性欲がとまらないんだ。病気なんだよ。昼間病院も行ってきた」
「で、どうだったの?」
「病気かどうか分からないし、出せる薬もない。精神科か心療内科に行ってくれって」
「なるほどね。心の病気ってこと?」
「そういうことみたい。だから、明日行ってみるよ。駅前にあるみたいだから」
きみは返事の代わりにまた大きなため息を吐いた。
僕の部屋に着くと、きみは服と下着を脱いだ。
「またどうせするんでしょ。すれば。気の済むまで」
ベッドに裸で横になり、彼女はじっとしている。僕の性器はまた硬くなってきていて、着ているものを脱ぎ捨ててきみに覆い被さる。
挿入して動かして射精し、また挿入して射精し、もう一度挿入して射精した。
「まだまだなんでしょ。もういいよ。いくらでもすれば」
実際すぐにまた硬さは復活してきて、僕はまたきみのヴァギナの中に性器を突っ込んだ。
「ごめん。ごめんな」
僕は謝りながら腰を動かし、彼女の身体にしがみついて射精をした。すると今度は急激な眠気に襲われ、次の瞬間、僕は眠りに落ちていた。
目を覚ますとそこにきみの姿はなく、ベッドでひとり裸で横たわっていた。
テーブルの上には書き置きがあって、そこには、「起きたら病院に行ってください。あなたは病気です」と書かれていた。
腹の痛みが襲ってきて、僕はトイレに駆け込むと、また大量の便が出た。昨日食べた分がほとんど出た感じだった。
トイレから出て手を洗うと、また案の定急激に腹が減ってきた。
ああ、またこの繰り返しか。
僕はその連鎖を断つために、顔だけ洗ってから自宅を出ると、まっすぐに駅前の精神科へと向かった。
着いて受付を済ませると、混んでいたこともあって三十分くらい待たされた後に名前を呼ばれた。
診察室にいたのは若い眼鏡をかけた女医で、グッとくる感じの美人だった。
僕は彼女にいまの状況を説明し、何とかならないかと助けを求めた。
「ええ、分かりました。ナルコプレシーとセックス依存症、それに過食症ですね。それぞれに効く薬を出しておきますから、それを一週間飲み続けてください」
診察が終わると、僕は道路の向かい側にある薬局で処方箋を出して薬をもらった。
昨日の中華屋に入り、大盛りラーメンと回鍋肉定食を頼んで料理が届くと、十分もかからずに平らげた。そして、病院で処方された薬を飲んだ。全部で五種類出ていて、脳のシナプスをどうたらこうたらという説明を受けていた。とにかく欲を抑制するのに効く薬のようだ。
腹はまだまだ減っていたが我慢して家に帰り、パソコンを立ち上げてネットのエロ動画を見ながら自慰をして、寝た。それはひどく深い眠りで、起きた時にはかなり身体がシャキッとしていた。そして僕は冷蔵庫にあった納豆やらカニカマやパンを食べて、また薬を飲んだ。
性欲や食欲や睡眠欲はいくらか減退したようで、さほどではなく、我慢できるくらいだった。
きみに電話をしてそう伝えると、ひどく喜んでいた。
時計を見ると、夜中の十時過ぎで、薬は朝昼晩と処方されていたから、次に飲む分は朝になるまで待たなければいけない。
「なんか買って持ってくよ。待ってて」
そう言ってきみは電話を切った。
待っている間に、また性欲がムクムクと湧いてきたが僕はそれをなんとかやり過ごした。そして、きみが玄関を開けて入ってきた瞬間抱きついて床に押し倒し、その身体にむしゃぶりついた。
「ちょっと、やめて! やめてよ!」
きみは抵抗してやめさせようとしたが、それが僕の性欲をさらに掻き立てた。
スカートをたくし上げて下着の隙間から硬くなった性器を突っ込み、僕はそのまま彼女の中に射精した。
「もう最悪!」
僕が性器を抜いて身体を起こすと、きみは吐き捨てるようにそう言った。
「ごめん。我慢できなかったんだ」
謝ってからそこらに散らばっていたコンビニの袋を部屋の中に運び入れる。
「全然治ってないじゃない」
部屋の中に入ると、僕は彼女に頼み込んで今度はベッドの上でもう一度やらせてもらった。きっちり射精し終えると、もういいかなと気分になった。
「いい。もうやめとく」
「え? そうなんだ」
三回戦まで覚悟をしていた彼女は拍子抜けしたらしく、驚きの声をあげた。
「そう。多分薬が効いてるんだと思う」
そして僕らはそのままベッドで眠り込んだ。朝まで目覚めず、起きるときみが買ってきてくれたものを食べて薬を飲んだ。
「悪くないよ。そんなに眠くないし、お腹も空いてないし、やりたくもない」
仕事に出かける直前に、彼女に手で抜いてはもらったが、それで僕は満足した。
電車に乗って職場に着くと、もうだいぶ良くなったと僕は上司に報告をした。
「ちょっと具合がおかしくなってたんです。でも、出された薬を飲んでたら良くなってきました」
午前中は前日のつけで溜まっていた事務仕事をこなし、お昼に外でかつ丼を食べて薬を飲み、午後は夕方までずっと会議だった。
へとへとになって夜帰宅すると、自宅ではきみが待ってくれていた。
「どう? 具合は?」
「悪くない。変な感じにはなってないよ」
「お腹は?」
「空いてない。でも、薬飲まなくちゃ」
とりあえず冷蔵庫の中に入っていたヨーグルトを食べ、薬を飲んだ。
「エッチは?」
きみにそう訊かれたが、あまりそういう気分じゃなかった。
「とりあえず寝るよ。もう、なんか疲れてて」
シャワーも浴びず、歯も磨かず、服を脱いで下着だけになってそのままベッドに潜り込んだ。
「おやすみ」
きみはそう言って電気を消し、部屋を出ていった。
朝の四時過ぎに目を覚まし、そこから眠れなくなった。仕方なく起き出してシャワーを浴び、歯を磨いた。
薬を飲まなければと思って、冷凍してあったパンを焼いて食べて薬を飲んだ。
時間になると家を出て電車に乗って会社に行った。昼は食べる気がしなかったから食べず、薬だけ飲んだ。夜の八時過ぎまで仕事をしたが、極めて快調だった。全然眠くならないし、脳はフル回転している。
帰宅すると、途中で買ってきたつまみを口にしながらビールを飲み、そのあと夜の分の薬を飲んだ。腹は減ってはおらず、ビールだけでお腹いっぱいになったから夕飯は抜きにした。
風呂に入って歯を磨き、寝ようと布団に入ったが、目が冴えて全然眠れなかった。結局朝までベッドの中でスマホをいじくっていて、六時過ぎに起き上がった。
朝には朝の分の薬を飲み、会社に行って昼になるとまた薬を飲み、夜家に帰ってきてから夜の薬を飲んだ。結局、一度も食事を摂らなかった。
その日の晩は前日と同様、まったく眠れなかった。途中で諦めて起き出し、テレビでやっていた映画を見た。
そして、一週間そんな生活を続け、出された薬を飲み切ると僕はきみに電話をした。
「治ったよ。完全に。眠くもないし、食べたくもないし、したくもない」
「あ、そう。ぜんぜん?」
「そう、全然。火曜日あたりから寝てないし、食べてないし、抜いてもセックスもしてない」
「薬が効いたってこと?」
「効いてるね。すごく効いてる」
すると、うーん、ときみは電話越しに唸った。
「それでいいの?」
僕はこう答えた。
「いい。全然かまわない。あんなものはないに越したことはないんだ」
そして、そのまま電話を切った。
きみと会話する意味も、もうない。
[了]