短編文画3 みんなのために 回答編
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あー、えー、今からみんな会議をはじめたいと思います。司会進行は、わたくし事業本部のOが勤めさせていただきます。よろしくお願いします。
本日の議題はズバリ協同労働です。事業の運営について話し合うことも大事ですが、わたしたちは協働労働で働いているので、その働き方について話し合うこともとても大事なことです。
どうですか? みなさん協同労働できてますか?
僕はここですかさず口を挟んだ。
いや、出来ていないと思います。建前か交通ルールを守りましょう的な感じですよね。現実というか実際は所長の独裁。異論を口にするものは潰す、というそういう感じですね。
そんないい方しなくてもいいじゃない。そこまでじゃないでしょ。
割と忖度なく意見を言う長老のMさんが僕をそう言ってたしなめた。
プーチンの顔を見ると、苦虫を嚙み潰したような顔をして怒りを抑えている。
いまKさんからこう発言がありましたが、本当にそうなんですか。みなさん、所長に意見を言えずに、まあKさんの言葉を借りると「独裁」になってるんですか?
一同、黙り込む。
言えるわけないじゃないですか。言ったら、わたしみたいにぼろかすに叩かれて飛ばされるんですから。四月から川口の清掃現場ですよ。普通の企業で言うと、左遷ってやつですよ。邪魔な奴は飛ばしてしまえ。みなさんの場合だと、辞めさせてしまえ、ですよね。これが独裁でなくて、なにが独裁なんですか。
ちょっと待ってください、とO局長が口を挟んだ。
じゃあ、いまのKさんの発言を受けて、所長はどう思いましたか。お考えをお聞かせください。
あー、っていうかさ、とプーチンは話し始めた。
Kさんってさ、最初っからそうだったんだよね。協調性がないっていうか、人の悪口をその人に向かって直接言っちゃうし。で、まあそんなことしたら、その人当然怒って、人間関係どころじゃなくなるでしょ。
そういうとこなのよ。それ言って自分の方が頭がいいみたいなのをひけらかすっていうか、今風に言うとマウントを取るってやつ? それがしたいだけなんじゃないかなって思う。わたしはね。人間関係をうまくやろうとかそういう気がなくて、ただたんにマウントを取りたいだけ。そんなんでさ、一緒に仕事なんてできるわけないじゃない。もうやりづらくてしょうがない。
それと協同労働は関係ないですよね?
わたしは堪らず、そう口をはさんだ。
関係なくないわよ。協働労働協同労働ってさ、人間関係がちゃんとできたうえでの、協同労働じゃない。その土台みたいなものができてないっていうか、Kさんはそれを崩しにかかっていて、それでそんなことわーわー言ってんだから、そんなのおかしくない?
でも、人間関係を良くするために空気を読んで意見を言わないと、あなたの独裁になっちゃうんですよ。っていうかなってますし。それじゃ、できないんですよ。協同労働が。で、わたしはOさんの意見が聞きたい。ここで、いつもなら所長とその取り巻き連中にワーワー言われてわたしは悪者扱いされて終わりっていう流れなんですが、今日は第三者として本部からOさんが来てくれている。そこがいつもと違うところです。これはわたしがOさんに本部で相談して、じゃあどういうみんな会議になっているのか見てみるってことで来ていただいたんです。
あー、ちょっと水掛け論的な感じになっちゃってますし、Kさんから経緯のご説明もいただいたので、わたしのまあ外の人間としての意見を言わせていただきます。
率直に言えば、どちらも悪い。っていうのは、KさんもKさんでT所長に対して面罵というか直接悪口のようなことを仰られてますし、これはもうちょっと言葉を選んでTさんの心を傷つけないような感じですべきだと思います。Kさんみたいにわーって攻撃的に言ってこられると、だれでも防衛本能というか感情的に言い返さざるをえなくなると思うんです。これがKさんの悪い点。
で、T所長はKさんに対してもそうですけど、誰でも意見が言える感じにしなくちゃいけない。まず相手の意見を否定しないということと、中立的になることです。常勤で所長でもいらっしゃいますし、この事業所が自分のものになったかのような錯覚を抱くことがあるかもしれませんが、それは協働労働の事業所ではありえないことです。みんなで出資してみんなで話し合ってみんなで運営していくのが、協同労働の現場です。
そこでついわたしは口を挟む。
私物化、ですよね。
Kさん、だからそういう言い方がよくない。それは悪口です。言っちゃいけない。私はそこまで言っていないし、そういう意図もないです。
すみません。
みなさんはどう思われますか? 言いづらいと思いますが、せっかくこういう場ですし、どう思ったかだけでもお聞きしたいのですが。
一同沈黙。
……あ、Mです。あのー、わたしこう思うんですよね。こういうのって、ようするに人間性っていうか、その人の性格の問題なんじゃないかって。世の中には貧乏でひねくれてる人もいれば、お金持ちで裕福で何の不自由もない生活を送ってきた人もいるわけじゃないですか。わたしたちはわりとその貧乏な方に入ると思うんですけど、Kさんは違うんですよ。立派な大学も出て、大きな会社にも勤めていて、まあ前はですけど。やっぱり暮らしの余裕っていうか、そういうのが違うんですよ。だから、その社会主義みたいな考え方もそういう働き方みたいなのもしたいって余裕があるんじゃないかな、って。わたしたち庶民は違うんですよ。どうにかここの時給もらって年金の足しにして、どうにかこうにか生きていくことしか考えてないんです。生活の基準っていうか、そういうのがまったく違う。そこなんですよ。
いや、わたしだって生活とかお金に余裕があるわけじゃないですよ。
え、でもおかしいじゃないですか。余裕がないんだったら、どうしてそんな態度が取れるんですか。そんなことしたり言ったりしたら、普通クビですよ。懲戒解雇。ここはそういうのが、まあ本部の方がいる前で言うことじゃないかもしれないですど、ちょっとユルいからまだその異動とか左遷みたいなので済むんだろうけど。
え、でもそれMちゃんおかしくない?
比較的私に近しいIが声を上げた。
べつにさ、Kさんはこの事業所のために意見を言ったり考えたりしてくれてるだけでしょ。そんなむちゃくちゃなこと言ってるわけじゃないし、暴言吐いたりしてるわけじゃないと思うんだけど。
Mが言い返す。
だから、さっきも本部の方が言ってたじゃないですか。悪口だって。いいこと言ってるのかもしれないけど、言い方が悪いから暴言になっちゃうの。
わたしは「すみません。気をつけます」と頭を下げた。その点については申し開きのしようがない。
Oさんが口を開く。
どなたか、他の方の意見はございますか。
一同沈黙
じゃあさ、Kさんには言い方を気をつけてもらって、その言い方がキツくならないようにね、わたしは意見を言いやすいようにすればいいんでしょ。はい、自由に意見言ってくださーい、って。
いや、でもそこで出た意見をどうするかが問題なんじゃないですか?
所長のまとめにわたしがそう口を挟んだ。
どうするもこうするも、またその意見に対して自由に言えばいいんじゃないの?
その出た意見に対して否定的なことは言っていいんですか?
そりゃ、自由でしょ。意見なんだから。
それはT所長も含めて?
そう。だってわたしも一人一票の一票持ってんだから。
ぐうの音も出なかった。それでは、いつものみんな会議と変わらないではないか。わたしが異論を言って、所長と取り巻きたちが一斉にわたしを袋叩きにする。
あ、はい。まあ、じゃあ、それでいいんじゃないですか。……まあ、わたしも四月一日付で異動なので、あと一ヶ月くらいですから。ここはそれでやっていけばいいと思います。
一同沈黙。
O事務局長はいかがですか?
と、わたしがきくと、こう返事がかえってきた。
自由に意見が言える場ができれば、いいと思います。
一同沈黙。
協同労働バンザイですね。
そう捨てゼリフを吐いて、わたしは席を立った。
すみません。このあと役所に書類出しに行かなきゃいけないので。
玄関で靴を履き、外に出た。
細かい霧のような雨が降っていた。傘はなかったが、この程度ならバス停までは行けるだろう。
とぼとぼ幹線道路沿いの狭い歩道を歩きながら、わたしは絶望と諦めと憤りと虚しさが四分の一ずつ混ざりあった心を噛みしめていた。
やっぱ個々人のキャラだよなぁ。
つよキャラの人がいて、よわキャラの人がいて、ふつキャラの人もいる。
つよキャラの人の周りには腰巾着的な人とよわキャラの人が集まり、グループを形成する。数がものを言い、ふつキャラの人はじっと黙り込む。
ママ友地獄のママ友サークルみたいなもんじゃねえか。これだったら、キャラとか関係のない、役職で上下関係がしっかりと区分されていて、結果がすべての営利目的株式会社の方がよっぽど真っ当でマシだ。仕事で成果をあげれば認められ、役職も勝手に上がっていく。つよキャラの人も結果で黙らせられる。数字さえ出せば評価も地位も上がっていく。公平で平等だ。
なんだこれ、ダメじゃねえか。
終わってるな。完全に。
バス停に着くと、僕は五分後に来たM駅行きのバスに乗った。車内には誰もおらず、僕一人しか乗っていなかった。
[了]