中編文画1-4 言葉は噓を吐き、行動は真実を語るの続きの続きの続き

   
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 前日に昼から飲み過ぎて、しかもその酔っ払った状態で近所の公園で会ったおじさんとヤリまくったおかげで夜八時には寝て、翌日の朝七時にぱっちりと目が覚めた。
 おじさんの姿はもちろんなく、おそらく介護施設で働く奥さんと近所の保育園に通う娘さんの待つ家へ帰っていた。

 

 冷蔵庫にあった牛乳をがぶ飲みし、歯を磨いてテレビを漫然と観た。ニュースが流れていて誰かがどこかで殺されたり、世界の遠い国で相変わらず内戦だか戦争が続いていたりした。知っていても知らなくてもどっちでもいいことばかりで、わたしにはまったく興味が持てなかった。どこで誰が死のうが殺されていようが、うちの冷蔵庫にある牛乳の賞味期限の方がはるかに重要だった。それが悪いことだというのならば、そもそも人間という生物の成り立ちそのものに問題があるのだ。
 十二時くらいまでスマホで動画を見ながらテレビも見ていて、一時にバイトの初シフトが入っていたことに気づいた。ああ、ダルいし面倒くさいな、と思ってブチってやろうかと考えた。でも、あの広田という男のエロい視線を思い出して行きたくなった。おっぱいも尻も半分出ているような恰好で行ってやったら、あいつはきっと仕事どころではなくなる。とても面白そうだ。
 クローゼットから公道を歩くのはどうかと思われるほどのほぼ下着に近い恰好の服と、お辞儀をしたらパンツが見えてしまうスカートを出してきて着替え、黒いロングコートを羽織って家を出た。
 一時五分にりくに着き、「遅れてすみませぇん」と息を切らしている振りをして駆け込むと、広田は時計をちらっと見て、「ああ、大丈夫です」と不満そうに言った。
「すみません。上着と荷物どこ置いたらいいですか?」
「あぁ、じゃあこっちの倉庫の方で」
 天井の低い荷物置き場のようなところに小ぶりの冷蔵庫が置かれていて、奥のカーテンで仕切られた先に黒いリュックサックが置かれていた。
「コートとか上着はここにかけてください」
 突っ張り棒が横の棚と奥の段ボールの間に渡してあって、そこにハンガーでファーのたくさんついたダウンジャケットが引っ掛かっていた。
 わたしはカーテンの奥でコートを脱いでハンガーに吊るし、持ってきたハンドバッグの中から柑橘系の香水をわきの下に吹きかけた。
「お待たせしました」

 

 カーテンを開けて出て行くと、倉庫の入り口のところに広田は立っていて、ごくりと唾を呑み込む音がはっきりと聞こえた。
「え……、え、エプロンは?」
「エプロン?」
「あ、すみません。エプロンってお伝えしてませんでしたっけ?」
 聞いたような気もしたが、よく覚えていない。
「聞いてません。いるんですか?」
「あ、はい。仕事中は基本つけてる感じなので」
 広田のエロ熱い視線がむき出しの胸の谷間や肩や脚に注がれる。
「……予備わたし持ってるんで、今日はそれをお貸しします。…で、ちょっとっていうかもうちょっと大人しめな恰好で来ていただけると助かります。三、四年生とか高学年の男の子とかもいるんで」
 それよりあなたですよね、という気もしたが、あ、はいと無難な返事をしておいた。
 カーキ色のカフェ店員のようなエプロンを広田は倉庫から引っ張り出してきて、わたしに手渡した。名札は別のところで作るので、頼んでおきますと言われた。
 上からかぶる方式のエプロンで、着ると下着のような服やマイクロミニのスカートが完全に見えなくなり、裸エプロンのような感じになった。
「おっ、うーむ!」
 わたしの裸エプロンを見た瞬間、広田はそう言って唸った。
「なんかめっちゃエロいっすね。……ヤバ」
 何でも正直に言う人のようだ。本当に困っている様子だったから少し気の毒になった。
「AVみたいですよね。ごめんなさい」
「あ、うん。今度からお願いします」
 広田もエプロンをつけているせいで、股間がどうなっているのかは見えない。だが、腰が引けているところを見ると反応はしているのだろう。
「じゃあ、はじめましょうか」
「はい、よろしくお願いします」
 わたしは元気よくそう答えた。

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「で、ここにその変な消毒液みたいなのを薄めたやつが入ってるので、それを加湿器のここへ入れてください。一本分入れても足りないんですけど、まああとは水を水道からこうじゃーっと入れてここらへんまで」

 

 広田は実際にやってみせながら、そう話をして、白い蓋をかぶせた。
「で、こっちの透明な窓がある方を前にしてスチャッと入れて、こぼさないようにこっちに持ってって、ピッと電源を入れます。コースは自動で。これでOKです」
 すぐに蒸気が吹き出し口から出始めた。
「夏もこれやるんですか?」
「ええ、私的にはいらないと思うんですが、所長からやれって言われるので」
 なんでも出水所長というのが絶対権力者として君臨していて、広田もその人には逆らえないらしい。
「意味分かんないですよね。冬とか湿度低い時はまあガンガン炊けばいいと思うんですけど、高温多湿な時に加湿器って私もちょっと理解できないんですよね」
 そんなことをわたしに言われても。
「それでも、やるんですよね?」
「ええ、まあそういうことになってるので」
 広田は顔を顰めながらそう答えた。
 納得してなければやらなければいいのに。この人は自分の意志がないのだろうか。
 トイレ掃除のやり方や掃除機のかけ方、業務日誌のつけ方などを教わっていると二時を回り、他のパートのおばさん、おばあさんたちが出勤してきた。
「ちょっと、そのエプロンヤバいよね。りひとくんとかがなんか言いそう」
 太った落ち武者みたいな顔の高木というおばさんがわたしの身体を頭から下まで舐めるようにじろじろ見た後、そう言った。
「脱いどいた方がいいですか?」
「いやいや、脱いだらもっとヤバいっしょ。わたしのパーカー貸すから、とりあえずそれ着といたら」

 

 荷物置き場のハンガーに掛かっていたくすんだ灰色のパーカーを、わたしに手渡す。汗臭くて着たくなかったが、たしかにこんな格好で子供に接すれば、親からクレームが来るだろう。
「下はしょうがないよね。タオルでも巻いとく?」
「いや、風呂上がりみたいになって、よけいヤバいっす」
 広田が実感のこもったツッコミを入れた。
「りひとくん気をつけてね。あの子、男の子っていうか、男だから」
「男ですか?」
「そうそう。ボーイじゃなくてマン。身体も大きくて性欲はバリバリあるんだけど、子供だからってセクハラ的なことが許されてるってすごい状況なんだよね。まあ、こっちは許さないんだけど、親御さんの手前言い出しにくくって」
 たしかにすごい状況だ。
「ま、とにかく気をつけて。脚とかどっか触ってきたら言って。注意するから。膝とか乗ってくるかもしれないし」
 もう、むちゃくちゃだな。歌舞伎町のお触りパブかよ。



つづく(予定)

2022年10月30日