短編小説13 園子の叫び



 岡田園子は不織布マスクを二枚重ねに着け、さらにフェイスシールドも装着し、雨合羽に医療用のゴム手袋という万全と思われる態勢で外に出た。買い物に行くのは週に二日。買い物客の少ない月曜と木曜の夜八時過ぎと決めていて、それ以外の日は外に出ず家に引き籠っている。
 都内にある会社もコロナ対策として出勤を拒否し、完全なリモートワークに切り替えてもらった。その代償として会社側が出してきたのは給与の半額カットという厳しい条件だったが、感染者が何万人といるウィルスの巣窟のような都内に危険を冒して行くよりかは全然ましだった。しかも、その通勤途上には満員電車という悪夢のような状況が待ち構えている。ウィルスを保持している人が何十、何百人もいると思われる電車の中で、それらの人たちと長時間密着するなどという行為は自殺行為に他ならなかった。電車はさながらカクテルのシェイカーのようなもので、ウィルスを蔓延させるために多くの人を中に詰め込んで日々振られているのである。
 黒い雨合羽のフードを被ると、フェイスシールドと額のあたりでぶつかり、顔はほとんど見えなくなる。船外活動をしている宇宙飛行士か原発の除染作業員のような感じになり、性別も分からなくなる。道を歩いていると、夜の散歩に出てきていた近所の犬が吠え、リードを引いていた飼い主はギョッとする。その異様ななりは、まるで亡霊か怪人のようで、夢にでも出てきそうだった。
 スーパーに入るとあらかじめ書いてきておいたメモをもとに素早くカートの中に商品を投げ入れていく。他の買い物客と最低でも四メートル以上の距離を取り、通路にいた場合は迂回して回り込み、欲しいものの棚の前にいた場合はその人間がいなくなるまで遠くから注視して待つ。
 もし咳かくしゃみでもしている人が居ようものなら、急いで逃げる。飛沫が何メートルもの距離を軽々と跨ぎ越えて飛んでくる。手やら顔やら服やらに付着し、それが目や鼻や口に入ったり吸い込んだりすればもれなく感染する。恐ろしい。実に恐ろしい。もはや外は弾丸の飛び交う戦場となんら変わりはない。
 レジでお会計をする時にも注意が必要だ。店員はマスクかフェイスシールドをしているが、至近距離で向き合う形になり、もしその男性なり女性店員がコロナ陽性者であれば、感染リスクは免れない。小銭や紙幣にもウィルスが付いているかもしれないから、いつもカードでお会計をする。
 袋詰めをするところではまず大きめの除菌シートを敷き、使ったカードを念入りに消毒し、持参した透明ビニール袋の中に買ったものを入れていく。可能な限り素早く。そこらへんにウィルスが無数に飛散していて、それがどんどんどんどん自分の着ているものや靴や買ったものに付着してく。
 そんな園子を親類縁者や会社の同僚たちは過剰だとあざ笑ったが、身近に感染者や重症者が出はじめると彼らの陰口もトーンダウンしていった。

          *

 ダイヤモンドプリン号から始まった日本のコロナパンデミックも約三年半が経過し、2023年5月7日(日)を園子は迎えた。
 新型コロナウィルス感染症が、感染症法の二類感染症から五類感染症へと変わる前日である。
 二類から五類へ変わるからといって、コロナが死滅するわけでもない、と園子は考えていた。おそらくコロナはインフルエンザ同様、毎年のように流行し、収束し、流行しといった波を繰り返しながら、何十年、何百年と生き続けていく。
 国内で四十人感染!! と新聞の一面にでかでかと載っていた頃よりかは今の方が流行っている。しかし、国は、日本政府はインフルエンザ並みの五類に落とすと決め、明日からもうそれが施行されようとしている。
 MHKは夜の11時を回った渋谷の様子を中継していて、スクランブル交差点には多くの人とDJポリスとマスコミが集まり始めていた。皆マスクをつけ、中には二重三重にしている人もいる。フェイスシールドに防護服といった園子のような恰好をした若者もいて、多くの報道陣に囲まれていた。
 大阪の道頓堀や福岡の博多にも中継がつながり、多くの若者が詰めかけて渋谷と同じような興奮状態で時計の針が午前0時を回るのを待ちわびていた。
 東京郊外にあるキャンプ場ではキャンプファイヤーが用意され、大きな火柱を上げていた。0時になった瞬間、ここにいる百人ほどの人たちが一斉に自分が着けているマスクやフェイスシールドを外し、火の中に投げ入れるとのことです、とリポーターが解説していた。
 そんなのを見ていたら、園子の気持ちは揺らぎ始めた。
 コロナは終わらない。
 でも、コロナ騒動は終わる?
 インフルエンザと一緒?
 子どものころからインフルエンザは冬になると流行っていた。でも、マスクをつけている人なんてほとんどいなかった。マスクを着けているのは、風邪かインフルエンザにかかった当の本人だった。他の人にうつさないためか、単なる習慣か、喉が潤うからか理由はよく分からないが、数少ないマスクを着ける人の理由はそんなところだった。
 口元や鼻にコンプレックスがある人が着けるようになってきたのは、ここ数年のことだ。特に女性でそういう人たちが一定数いた。マスクを着けているとそのコンプレックスが解消され、美人に見えるのだ。それは一度始めたらやめられない麻薬のようなものだった。
 園子も正直そういった部類に入る。風邪をひいた時にマスクを着けていると、男性の態度や顔があからさまに違った。目や口元が小躍りしていて親切にしてくれたりする。ああ、自分はいま美人に見えているのだろうな、というのが相手から伝わってくる。
 これはやめられない。
 でも、やめるなら今しかない。
 このタイミングを逃したら、この先もずっとこの引きこもりのような在宅人生を続けることになるだろう。
 まだ三十代だし、結婚もしたいし、子どもも欲しい。
 園子がこんなにもコロナを恐れたのは、死にたくなかったからだ。佐村けんが死に、岡尾久美子が死に、千葉真二が死んだ時点で、そのおそれは恐怖に変わった。
 もともと気管支が弱くて、子どものころは喘息持ちだった。大学生の時に風邪をこじらせて肺炎にかかり一週間ほど入院した。インフルエンザ予防接種を受けて死にかかったとこもある。打った日の夜に四十度の熱が出て救急車を呼んだ。白血球の値が異常に上昇していて、血液に炎症反応があった。その時医者から免疫機能が過剰に働く体質なのだと言われた。今後は予防接種の類いは受けない方がいい、と。
 コロナは終わっていない。
 でもインフルエンザは子どものころからあったし、これからも続く。コロナも続く。今の子どもたちが大人になる頃には「コロナがはじめて流行って、世界中大パニックになったんだって」「え? コロナで? それまじウケんだけど」的な会話がなされることだろう。
 テレビの右隅に表示されている時計が午後11時59分になり、渋谷や博多、道頓堀ではカウントダウンが始まった。

 十! 九! 八! 七……!

 園子はコタツの中でじっと自分の手を見た。

 四! 三……!

 両手を堅く組み、祈るように目を閉じる。

 ……一!

 夜空にマスクが舞い、花火が派手に上がり、キャンプファイヤーの火が躍り、大阪では何人かの若者が川に飛び込んだ。

 園子は
ヺぉぉぉぉー!!
 と叫んで立ち上がり、家から飛び出しましたとさ。



[了]

2023年02月12日