中編文画1-5 言葉は噓吐き、行動は真実を語るの続きの続きの続きの続き



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 落ち武者高木と一緒に、歩いて五分くらいのところにある小学校へ子どもたちを迎えに行った。
「そういう格好好きなの?」
「あ、はい。見られてるっていうのが快感で」


「それな。承認欲求ってやつだよね。自己評価が低い人ほどそうなるんだって」
 なに言ってるんだろう。この人は。
「へー。そうなんですね」
「あたしなんか、それ以前に女として見られないから最悪だよ。あたしがそんな恰好したら、もうみんなから笑いものだよ」
 たしかに、想像もしたくない。
「まあ、無難な恰好しといたほうがいいよ。親御さんも子供も色んな人いるし。変な噂たてられたりしたら、吉田さんも嫌でしょ」
「ジーパンとかですか?」
 すると、高木は振り返って小刻みに頷いた。
「そうそう。夏はジーパンにTシャツ。冬はセーターかタートルネック。みんなGUかユニクロかしまむら。安いし」
「それだとつまんなくないですか。個性が出せないっていうか……」
「そんなの、個性なんか出さなくていいの。そういうのはおうちの中か休みの日に原宿か渋谷行ってやって。ま、仕事っていうか学童だからね」
 釈然としないものが残ったが、とりあえ頷いておいた。

 学校に着くと、子どもたちがすでに集合場所とされるところで待っていて、さんざん遅いー、とかなにやってんの! とか好き放題言われた。
「学校から貰った表には二時四十分って書いてあったんだって! 今三十七分でしょ。遅れてないっつーの!」
 聞くと、よくあることのようだ。帰りの会が早く終わって予定時間より早く出て来たり、逆に長引いて待ってても全然出て来なかったり。
「あー、なにこの人! 新しいせんせい?」
 二年生くらいの目のクリクリした男の子がきいてきた。

 

「そうです。よしだです。よろしくね」
 わたしは男の子の前にしゃがみ込んで、そう答えた。
「下の名前はなんていうの? おれ、たいち」
「ほほです。よしだほほ。たいちくんの上の名前は?」
 つい本名を言ってしまった。
「…えんどー」
 それだけ小さな声で言い残し、もうこの会話に耐え切れなくなったのか、そっぽを向いて他の子のところへ行ってしまった。
「へー、ほほっていうんだ。ひらがな?」
 横で聞いていた高木がきいてくる。
「いえ、船の帆の帆にカタカナのノマって繰り返すマークです」
 立ち上がりながらそう答えると、一、二年生くらいの肌の浅黒い、割と背の高い女の子が「ほほちゃん、ほほちゃん」と連呼した。
「こら、ほほちゃん先生でしょ」
 と、高木がたしなめたところでわたしの呼び名が決まった。
 ほほちゃん先生。
 語呂も響きもいい。先生なんて今まで呼ばれたことがなかったから、虚栄心と承認欲求がくすぐられて何だか気持ちもいい。
「あなたはなんて言うの?」
「よしか。さいきよしかです」
 またしゃがみ込み、よしかちゃんの目をまっすぐ見る。
「よしかちゃんか。みんなからは何て呼ばれてるの?」
「よっちゃんとか、よっしーとか」
「よろしくね。よっしーちゃん。わたしほほちゃん」
 すると、よしかちゃんは笑って「よっしーちゃんって!」とツッコんだ。
 高木が持ってきていたお迎えリストで全員いることを確認し、二列に並んで小学校を出発した。高木が先頭。わたしが一番後ろ。


 後ろの方には三、四年生がいて、その中に話にも出ていたりひとくんも混じっていた。背が高くて小太りで、マリオのTシャツを着ている。
「え? っていうか、それ下なんも履いてないの?」
 さすが子供。どストレートな質問が飛んできた。
 パーカーとエプロンを捲って、黒のミニスカートを見せる。
「履いてます。ちょっと短いけど」
「え? っつーか、短か! ちょっともう一回見せて」
 これはもう子供じゃなかったら立派なセクハラだ。
「いやです。服間違えちゃったの!」
 変に気をつかったりすると舐められる。で、それがだんだんエスカレートしていく。今まで散々学んできたことだ。
「見せてよー。ほほちゃーん」
 ウザ絡みだ。こんなもの相手が小学四年生じゃなかったら、即現行犯逮捕だ。このやろーが。完全にエロい目で見てるし、自分の立場を利用してやがる。
「は? キモいんですけど」
 冷ややかな低い声でそう答えた。すると、りひとくんは一瞬目を泳がせたが、その目をじっと睨みつけてやった。
「女の人にそういうこと言っちゃだめでしょ。りっくん」
 そばにいた顔立ちの整った美少女がそう言ってまとめてくれた。
「ありがとう。えーっと…」
「れいらです。剣持れいら。みんなからはれいちゃんって呼ばれてます」
「ありがとう、れいちゃん」
 りひとくんはれいらちゃんを憎々しげに睨みつけていた。さすが子供。あからさまだった。
「しねっ」
 そう呟き、鼻であざ笑うのをわたしは見逃さなかった。

 学童に着くと、わあわあ騒ぎながらみんな宿題をして、その後おやつを食べ、遊びに巻き込まれていった。

 

 妖怪ボードゲームとかいうのが流行っていて、わたしはぬらりひょん役をやらされ、手下の妖怪カードを集めたり取られたりしながら、三番目にゴールした。ちなみに四人でやっていたからビリだった猫娘役のちかちゃんという一年生の女の子は、テーブルに突っ伏してこの世の終わりのように泣きだした。わたしが集めたぬりかべやかまいたちをのカードあげて機嫌を取ろうとしたが、無駄だった。顔を上げようともしない。
 高木に経緯を話すと「先生とちょっとお話しよ」と事務所に連れていき、そこで何か話をしばらくしていた。そして、高木と一緒に出てきたときにはちかちゃんはなにかが吹っ切れたような顔をしていた。
「すみません。気をつけます」
 わたしがビリにならなければならなかったのだと反省し、高木にそう言った。
「ううん。先生はいいの。負けることができるようにならなきゃねってそういう話をしたから」
 それで子供は納得したのだろうか。
「いいんですか? 勝っちゃって」
「わたしはいいと思う。負けを受け入れるってすごく大事なことだと思うから」
 負けを受け入れる。
「よく誤魔化したりズルしたりして勝とうしたり、負けそうになったらやーめたってどっか行っちゃったりする子いるの。あれ、良くないんだよね。負ける時はしっかり負けないと」
 しっかり負ける?
「へぇ、そうなんですか」
「そうそう。負けてその負けをいったん受け入れないと、次進めないで──」
「ね、先生。ほほちゃん! パズルやろーよ」
 さっきまで泣いていたちかちゃんがそう言ってわたしの袖を引っ張った。
「こら、ほほちゃん先生でしょ!」


 高木がすかさずそう注意した。ちかちゃんの顔を見ると、そこにはもうさっきまでのこの世の終わり的な表情はなく、楽しくて仕方がないといった顔になっていた。さすが子供。
 スペインファミリーという今人気が出てきているというアニメのジグゾーパズルをまあさちゃんという三年生の大人しそうな子も交えてやっていると六時になり、出していたおもちゃを子供たちと一緒に片付けているところで、広田に声を掛けられた。
「お疲れ様です。定時なので上がってください」
「あ、はい」
 広田の顔には疲労が色濃く滲んでいた。
「どうでしたか?」
「いやぁ」とわたしは首をひねりながら答えた。「よく分からないですね。子どもっていうのがまだよく分からないです。今日もうまくやれたんだが、どうなんでしょ」
「けっこううまくやれてたと思いますよ。ちょっと見てましたけど」
「そうですか。でもちかちゃん泣いちゃったし」
「ああ」と、広田は訳知り顔にうなづいた。「あれはあれでいいんですよ。高木先生がフォローしてたし。感情がストレートに出せてるってことだからいいんじゃないかな」
 何を言っているのかよく分からない。
「あ、はい。ありがとうございます」
 とりあえずそう礼を言って頭を下げておいた。
 倉庫のカーテンの奥でエプロンを脱ぎ、残っている職員と子供に挨拶をして黒いコートを羽織って外に出た。
 

 

 星がとてもきれいな空で、ちょうど半分に欠けた月が低い位置に浮かんでいた。
 自分の家に向かって歩いていたら、数分前まで自分がしていたことの感覚がすーっと薄くなっていった。異世界にワープしていたような感じで、コンビニに入ってストロングゼロと鮭おにぎりとポテチを買ったらいつもの現実にしっかり戻ってこられた。
 帰り際、広田には次は水曜でと言われていたから、つまり明後日ということになる。明後日にまたあそこに行けば、異世界転生することになる。
 あぁ、面倒くさいな。しんどいし。泣いたりわめいたりセクハラされたりするし。
 子供ってああいうものか。かわいいとか天使とか言っちゃったりする人多いけど、しんどくて面倒くさい部分の方が大きい。
 でも、あれみんな本音だよな。本音隠していい子演じる子もいるだろうけど、泣いたりわめいたりワガママ言ってる子たちはみんなあれ本音が炸裂してるだけなんだろうな。大人も普段生きていて同じようなこと思ったり考えたりしてるんだろうけど、プライドとか体面とかがあるから本音を炸裂させてないだけなんだよね。そういう意味では分かりやすい。大人より分かりやすい。だって、まんま出てるし。見りゃ分かるから。
 大人はオブラートに包んで隠してるけど、子どもはむき出し。むき出しの人間。
 料理でいうと刺身だ。切って盛って出すだけ。新鮮なうちは美味しいけど、時間が経つとマズくなって、そのうち腐って食べられなくなる。
 自宅マンションに帰ってポテチを食べながらストロングゼロを飲みつつそんなことをつらつらと考えていると、なんだか子どももそんな悪くないような気がしてきた。わたしとよく似ている。天ぷら粉や揚げたパン粉や味噌や溶いた卵に包まれたりせずに、刺身で生きている。

 むき出しのまま生きる。
 はだかエプロン。
 セクハラにはブチ切れる。
 泣きわめいたら、うっせえわ。

 ほほちゃんはそう誓い、ストロングゼロを飲み干しましたとさ。



[了]

※正直とのことやりくや広田とのことがあるので、そのうちまた別に書くかもです。
2022年11月06日