短編小説16 モミの森(実話)



 その時、私は車で真っ暗な道を走っていた。街灯もビルの明りもない真っ暗な田舎道で、ヘッドライトの照らし出す数メートルを除いてはまさに漆黒の闇と言ってよかった。
 先程のコンビニで確認した地図によれば、そろそろ着いてもおかしくない頃だった。大きなカーブの左側にあるはずで、私はセンターラインからはみ出さないようハンドルを握り締め、前方の道路と左側の路肩を瞬きもせずじっと注視していた。
 いくつかの田舎町を抜け、途中で夕食を摂り、今夜眠る場所を探してここまで車を走らせてきた。身体の隅々にまで疲労が蓄積し、欠伸が度々漏れる。対向車もほとんどなく、カーステレオから流れ続けているレゲエが頭の中でぐるぐると回転している。
「ねぇ、あれじゃない?」
 助手席にいる同乗者が先にその看板を発見した。
 ブレーキペダルを軽く踏み、私は車の速度を落とした。そして左手前方を確認する。
 モミの森。
 そう書かれた小さな木の看板が近づいてきた。よく見ていないと見落としてしまいそうな程小さな看板。しかし、その近くにホテルの建物らしき影は見当たらない。
 取りあえず左にウィンカーを切り、さらに速度を落とす。そして看板の手前に見えた側道らしきところに車を乗り入れた。砂利と小石混じりの山道が開け、戸惑いと疑いを覚えつつも先へと車を進める。すると、十メートルほど進んだあたりで小さな平屋の建物がいくつか見えてきた。コテージやバンガローとも呼べなくもない。しかし、もっと粗末な造りで明かり一つ漏れていない。
「ちょっと、これなに?」
 彼女も私と同じく、この異様な光景に著しい違和感を覚えたようだった。
「なんかキャンプ場みたいだね。これ、どうすりゃいいんだろ?」
「知らないわよ。こんなのホテルとかじゃないでしょ」
 突き当たりの3号棟と書かれた部屋の駐車場が空いていた。私はとにかくそこへと車を入れた。フロントライトに照らし出された何軒かの部屋には、RV車やミニバンなどが停まっていた。私にはむしろそのことが驚きだった。こんな山奥の怪しげな施設に客があるとも思えなかった。
「ねえ、本気でここにするの?」
「しょうがないだろ。もう遅いし、今更他のところを探す気力も残ってない」
「やめてよ。ここ、なんかちょっと怖い」
「そりゃ俺も同じだけど、一晩泊まるだけだろ?」
 彼女は私の顔を見て、その疲れ切った表情を見て取り、ため息を吐いた。
「わかった。ここでいい。ここにする」
 フロントライトを消しエンジンを切ると、完璧な静寂が訪れた。虫の音すら聞こえない。先程までカーステレオから流れていたレゲエの音楽だけが、かすかに耳の奥に残っている。
 運転席のドアを開け、外に出る。彼女も助手席から降り、一歩、二歩とコンクリートで固められた駐車場から歩み出る。
 周囲の他の部屋からも一切物音はしない。暗い、鬱蒼とした森が頭上から覆い被さり、この場に閉塞感を与えている。残暑の厳しい九月の半ばにもかかわらす、風は冷たく凛とした山の張り詰めた空気が辺りを支配していた。
 砂利道を踏みしめ部屋の入り口まで歩を進めると、私はドアノブに手を伸ばした。鍵をフロントから貰って来なければならないとは分かっていたが、フロントらしき所は先程から一向に目に付かなかった。
 右手に力を込め、私はノブを右へと回した。
 カチャッ、という乾いた音と共に、果たしてドアは内側に開いた。
 勝手に入っていいものか判断に迷った。だが、ドアの脇にあったスイッチを押すと、蛍光灯の明りがまるで普通の民家のような玄関口に灯った。
「これ、どうなってんの?」
 そんなことを訊かれても分からない。これじゃあ、誰でも入ってこれるし、出入り自由ということになってしまう。それでは商売は成り立たない。
「朝になったら回収しに来るんじゃないのかな」
 よく分からないが、彼女を納得させるためだけに私はそう答えた。無論、彼女からの返事はない。
 正面の靴箱の上に寅の置き物があり、その右脇に半開きになったドアがある。さらに右手にはトイレと洗面所、奥の突き当りには風呂場が見えている。コテージというよりかは民宿、もしくは学生の下宿のような趣きだった。
 ドアを閉め、しっかりと鍵を掛ける。なんとも妙な感じだった。まるで勝手に空き家に入り込んでしまったかのような違和感を覚える。鍵は開いていた。そして中に人はいない。
 靴を脱いでそこにあったスリッパを履く。赤と白の極めてシンプルなスリッパ。二足きちんと並べて置いてあった。
 玄関脇のドアを開け、スイッチを押して明かりを点ける。部屋の中へ入ると、花柄の壁紙がまず目に飛び込んできた。横長の部屋の正面には擦りガラスの嵌め込まれた大きめの窓。右手の壁際には灰色の小さな冷蔵庫。そして部屋の左側の大半を、簡素な造りのダブルベッドが占めていた。
「別に普通だよ。悪くない」
 いわゆるラブホテルとはかけ離れてはいたが、たった一晩過ごす分にはさして問題はなさそうに思えた。少なくとも、私にはそう感じられた。そして、出し抜けにベッド脇にあった電話のベルが鳴り出す。
「……もしもし」
 少しためらった後に私は受話器を取り、電話に出た。
「今、3号棟に入られましたよね」
「…ええ」
「料金の方、前払いになっております。まもなく徴収に伺いますので……」
「はあ、分かりました。おいくらですか?」
「──円です。一泊ですと」
 破格の値段だった。予算よりもかなり安い。
「ええ、用意しておきます」
 受話器を置き、電話は切れる。
「なに? なんだって?」
「前払いだから、これから来るって」
 冷蔵庫を開け、彼女は中を覗いている。ドアの後ろ側、部屋の隅に飾り棚があって、そこにテレビが置いてあるのが目に入った。部屋の左側には小さなテーブルと椅子が二脚、テレビに相対するように設えられてある。
 コーラの瓶を取り出し、彼女は冷蔵庫の上に置いてあった栓抜きで開ける。私もひどく喉が渇いていた。ビールの缶を取り出し、製造年月日と賞味期限を確認してから蓋を開け、そのまま一気に喉の奥に流し込んだ。
 やがて、ドアをノックする音が聞こえてきた。玄関まで出るが、そこでドアに覗き穴がないことに気がついた。ドアの向こう側にいるのが殺人鬼なのか、ここの管理人なのか分からなかった。だが、もし殺人鬼だとしたら、たとえドアを開けなかったとしても窓ガラスを割られるだろう。
 財布を手にドアを開けると、そこにいたのは案外人の良さそうな中年の女性だった。ピンク色のウィンドブレーカーを羽織り、斧でもナイフでもなくおそらくお釣りが入っているものと思われる黒いポーチと懐中電灯を手にしている。
「──円です」
 私は言われた金額のお金を取り出し、女性に手渡す。
「明日部屋を出て行く際に、フロントの方に内線をお願いします。フロントの番号は4番になっています。チェックアウトは十時です」
 私は、ええ、分かりましたと返事をする。すると彼女はペコリと頭を下げ、懐中電灯の明かりをゆらゆらと揺らしながら闇の奥へと消えていった。
 部屋の中に戻り、テレビを点ける。
「皺くちゃの婆さんとかじゃなかったよ。案外普通のおばさんだった」
 彼女は、ふぅんと返事をする。椅子に座ってコーラを飲んでいる。私は煙草に火を点け、テレビをアダルトチャンネルに切り替えた。──それはひどく古い代物だった。画像は粗く、出ている女優は時代がかった髪型と化粧をしていた。
「こりゃ、いただけないね」
 彼女はそれでも熱心に、画面に喰い入るようにテレビを観ていた。
 テーブルの上にチャンネル表があって、時間を確認し、その今流れているビデオのタイトルを読み上げると彼女は声を上げて笑った。タイトルまでもが古くさかった。この部屋と同じように。
 ビールを一缶空けると、風呂に入ることにした。一日中運転し通しだったから、身体も感情も凝り固まっていた。湯にゆったりと浸かって解きほぐしたかった。
 風呂場へ足を向けると、案外きれいに掃除されていた。埃はどこにも見当たらず、風呂桶も湯船も曇り一つなく磨き込まれていた。
 シャワーでざっと流し、湯船の栓を締めて湯を張る。入浴剤こそなかったが、錆ついた泥水ではなくきれいで透明なお湯が蛇口から注ぎ込まれていった。
 部屋へ戻り、新しい煙草に火を点ける。はじめの内こそこのコテージの外観からもっとひどい想像を膨らませていたが、使ってみると意外なほど普通だった。おしゃれなイメージこそないが、都内のビジネスホテル並みだと思えば不満はない。彼女の方はせっかくの旅行なのにとぶつぶつと愚痴をこぼしていたが、諦めるより他ないと気づくのにさほど時間はかからなかったようだ。
 湯船にお湯が溜まると、洗面用具を持ち込んで二人で風呂に入った。格子の張ってある擦りガラスが壁の上の方についていて、そこには外の闇と間近に迫った木々の影が映っていた。さわさわと風に木の葉が揺られている様が見て取れる。
「どっかの民家みたいだね」
 彼女はシャワーを浴びながら率直な感想を口にする。私の方とて異論はない。これはラブホテルでもブティックホテルでもなく、どこかの民家だか空き家をホテル風に改装し、憐れにも迷い込んだ客を諦念に至らしめる場所なのだと。
「でも、他にも客はいたよね?」
 手の平でシャンプーを泡立て、彼女は頭を洗い始める。
「地元の人かなんかじゃないの?」
 つまり、選択の余地がないというわけか。
「車が停まってなくても、在室中の看板が立ってたとこもあったよね」
 こんなところまで歩いて来られるわけはないし、近くにバス停も見当たらなかった。
「あれはモミの森側の事情なんじゃないの。まだ掃除してないとか……」
 確かに一理ある。というか、どうやらそれが確からしい。
 いい加減湯当たりしてきたようだった。私は湯船から出て代わりに彼女が湯に浸かった。
「でも、悪くないかもな。帰ってからのいい土産話になる」
 彼女は小さく笑い、生きて帰れればね、と冗談っぽく付け加えた。

 風呂から上がると、私は冷蔵庫からもう一缶ビールを取り出し、アダルトビデオを眺めながらちびちびと飲んだ。彼女は手鏡を覗き込みながら、化粧水やら保湿液やらをつけている。何の物音もしない。アダルトビデオの音声以外は。
 改めて部屋の中を眺め渡してみる。横長の、天井の低い殺風景な部屋。ベッドの横には小さなクローゼットが付いていて、その中にはタオルが何枚かと浴衣が二着入っていた。風呂に入る際にそれらを使用し、今二人ともその浴衣を身につけている。
「ねえ、ジュースもう一本飲んでいい?」
「ああ」
 彼女は冷蔵庫を開け、オレンジジュースを取り出そうとする。
「えっ! 何これ……!」
 慌てて駆け寄り、何事かと手元を覗き込む。すると、ジュースの瓶にびっしりと埃が積もっているのが目に入った。奥の方に入っていたために、ビールを取り出す時には気づかなかったが、それは何ヶ月もこの瓶が誰の手にも触れられなかったことを意味していた。
「こりゃ、ひどい。他のはどうなんだろ」
 見ると、ビールとコーラ以外の他のものは概して同じような有様だった。掃除が行き届いていないのか、何日も客が入っていなかったのか。
「何これ、怖い」
「冷蔵庫の中まではチェックしてなかったんだろね。でもさ、部屋の中とかお風呂とかはキレイだったし……」
 しかし、妙だった。あのジュースの瓶の埃の積もり方はちょっと尋常ではなかった。しかも、冷蔵庫の中。外気とは遮断されているはずなのに。
 気を取り直すように、彼女はテーブルの上に置いてあった私のビールに手を伸ばす。
「いいよ。全部飲んじゃって。もう俺はいらない」
 テレビ画面の中では髪の長い眉毛の濃い女が、甲高い声を上げながら恍惚とした表情を浮かべている。男優は黒い鼈甲縁の眼鏡を掛けた太った男だった。男の動きはひどくぎこちなく、ハアハアと完全に息が上がっている。そして、口の中でなにやら聞き取れない言葉をもごもごと呟いていた。
「気持ち悪い。昔のAVってこんなのだったの?」
「知らないよ。女の方はともかく、男の方はどうだかね」
 やがて、男の腕がぬっと女の顔の方に伸ばされ、続いて節くれ立った両手が女の首元に巻き付いた。男は妙にバタバタと腰を突き上げながら、次第次第にその手に力を籠め始める。
「……ちょっと」
 彼女のビールの缶を持つ手が止まり、二人とも画面に釘付けになった。
 女は目を閉じ、顔を紅潮させている。気づいていないはずはないのだが、抵抗するそぶりすら見せない。そういった趣向のものなのかもしれない。二人とも程度をわきまえて、敢えて楽しんでいるだけなのかもしれない。
 ビクビクと痙攣を始め、白目を剥き、女の口からはやがて泡が吹き出し始める。その時点で彼女がリモコンを取ってテレビを消した。こういった類いのビデオの存在は聞いたことがある。しかし実際に目にしてみると、悪趣味というより他なかった。そして、さらに追い討ちをかけるように、彼女が不気味なことを口にした。
「……ねぇ、似てなかった?」
「なにが?」
「あの中、…だから撮影場所ってことなるんだろうけど、ここと似てなかった?」
 こことはつまり、この場所、この部屋の中ということを意味しているのだろう。
「変なこと言うなよ。気のせいだろ」
 もう一度画面を点けて確認する気にはなれなかった。なにせ我々は、これからこの部屋の中で一晩明かすより他ないのだから。──あの女優はあの後どうなったのだろう。無論、実際に殺されたわけではあるまい。あれはあくまでああいったプレイであって、ギリギリの状態を享楽するためにそうしているだけであって……。
「もう寝よ。わたし疲れちゃったから」
 ベッドの上の布団にごろんと身を投げ出し、いかにも疲れ切った声色で彼女はそう呟いた。同感だった。目を閉じればすぐにでも眠ることが出来る。おそらく数秒とかからないはずだ。
「そうだね。明日もいろいろ回りたいし、早く寝なくちゃね」
 飲み干したビールの缶をテーブルの上に置くと、私は椅子から立ち上がり、電気を消して布団の中へと潜り込んだ。彼女も私に続いて布団の中へと身を滑り込ませ、大きな欠伸を洩らした。
「今日はいろいろあったね。昨日まで東京にいたのが嘘みたい」
 こんな山奥の怪しげなホテルにいると、確かにそんな感じはする。我々は昨日の晩までは、深夜まで喧騒の止まない東京のマンションにいたのだ。あまりの環境の違いに唖然としないでもない。
 朝早くに自宅を出て、東京駅まで電車を乗り継ぎ、新幹線に乗ってお昼過ぎに盛岡に着いた。昼食に冷麺を食べ、レンタカーを借りてカーブの激しい山道をぐるぐると走り回り、途中で鍾乳洞を見学し、お土産物を買って日が暮れる頃に太平洋側へと抜けた。海岸沿いを南下し途上のちょっとした港町の居酒屋で夕食を食べ、付近のラブホテルを携帯で検索した結果、もっとも距離的に近いこのホテルに三十分ほどかかってようやく辿り着いた。
 ベッドサイドの引き出しにはコンドームが入っていた。しかし、あまりその気にはなれなかった。だが、せっかくの旅行で曲がりなりにもラブホテルに泊まったのだから、するべきだとは思った。──どちらからともなく我々は互いの身体に触れ合い、浴衣を剥ぎ取り、その風呂上りのつるつるとした身体をまさぐり合った。私はコンドームを性器に装着し、我々は性交した。性交が終わると我々は眠りに落ちた。ぐっすりと熟睡し、朝まで目が覚めることはなかった。

 翌朝、私は鳥の声と窓から差し込む陽光とで自然に目を覚ました。
 ベッドから這い出してトイレに行き、小便をした。そして、部屋に戻って窓を開けると山の朝の匂いがした。空は抜けるように青く、天気は快晴だった。実際、爽やかというより他に言葉が思いつかない。
 洗面所で顔を洗い、歯を磨いた。彼女はまだベッドの中で寝ている。
 外に出て、タバコを吸った。鳥の声と湿った木と葉の薫り。キャンプ場の朝を連想させる。実に清々しく、周りは光に満ち溢れていた。
 他のコテージからは車の姿は消え失せていた。皆、いつの間に出て行ったのだろうか。
 部屋に戻って、彼女を起こす。時計を見ると、チェックアウトの時刻まであと四十分程だった。私がそう伝えると、彼女は大急ぎで身支度を始めた。
 十時ギリギリに準備を済ませ、フロントに内線をかけた。冷蔵庫の中の物の精算はちょうど千円だったので、そのままテーブルの上に置いて行ってくれとのことだった。
 かくして我々はその奇妙なホテルを後にし、幅の広く交通量の少ないワインディングロードを悠然と北上した。海岸線の道は穏やかな太平洋が水平線の彼方まで続き、窓を開けると潮の香りが鼻をくすぐった。……だが、私は気づいていた。ホテルの駐車場から車を乗り出した時点から、それはずっと続いていた。つまり、背後に気配を感じ、その視線を意識しないわけにはいかなかった。
 女だった。色白の髪の長い女。部屋の中にはいなかった。どうやら、あの駐車場にいてついて来てしまったようだ。
 彼女には黙っていることにした。取り乱し、ひどく怯えるかもしれない。それに、そんな悪意を持った感じではない。ただ、寂しそうだった。たまらなく寂しそうだった。
 左斜め後ろにその女の気配を感じながら、私と彼女は車を走らせ、著名な観光地となっている海岸へと足を伸ばした。海岸にはカモメや海猫が多数群れていて、デジタルカメラで何枚も写真を撮った。靴を脱いで膝まで海水に浸かった後、お土産に天然塩とカモメの置き物を買い、我々はそこをあとにした。
 近くの軽食屋で昼食を摂り、盛岡へと戻るべく元来た道を引き返す。三、四時間は掛かる計算で、夜までには東京に辿り着けるはずだった。
 険しい山道を速度を落として慎重に運転する。前日からずっと流れ続けているレゲエにも嫌気が差し、CDのスイッチを切って地元のラジオ局に替える。しかし、雑音塗れでまるでタクシー無線のような具合だった。そして、やがて眠気が襲ってきた。助手席にいる彼女との会話が続いているうちはいいが、途切れると緩慢な空気が流れ、目蓋が重くなる。
 その間にも斜め後ろ後方、後部座席の真ん中辺りに線の細い女の存在を感じ続けていた。バックミラーにも何度か映り込み、見る度必ず視線が合い、ひどく哀しげな目つきをしていた。
 サービスエリアに車を乗り入れ、二人ともトイレに行った。そして自動販売機で缶コーヒーを買い、喫煙所でコーヒーを飲みながら一服する。そしてその場で私は彼女に髪の長い痩せた女のことを話した。あのコテージからずっとついて来ている、と。すると彼女は別に驚いたり慌てたりする様子もなく、それは何故なのかと私に問い返してきた。
「あの部屋の窓から雑草がたくさん生えていた山の斜面が見えてただろ。きっとあそこに埋められているんだと思う」
 私は女の視線から察したことをそのまま口にした。
「殺されて、埋められたんだよ」
 沈黙が流れ、我々は前方に広がる鬱蒼とした山の景色をじっと見つめた。
「どうすればいいと思う?」
「どうしようもない」
「でも、ついて来てるんでしょ」
「あぁ」と、頷くしかなかった。
 缶コーヒーを飲み終え、我々は車へ戻った。
 窓から覗き込むと、後部座席にあの女の姿はなかった。
 ドアを開けて中に入る。
 気配も消えていた。視線も感じない。
 いなくなっている。
 きっと別の車に移ったのだろう。たとえば長距離トラックとか。
 エンジンをかけ、サービスエリアを後にした。
 もしくは彼女はこの場所に縛りつけられているのかもしれない。
 ここからずっと出られない。
 車は山道を盛岡へ向けて疾走し続けた。



〔了〕
2023年04月20日